ふたたび収益還元法について
ここに収益を得られる建物があるとします。(土地に定着していないで、宙に浮いていると考えてください)この建物は徐々に老朽化し、n年で使いものにならなくなります(朽廃するとします)。
収益から費用(減価償却費は含みません)を差し引いた残余を純収益ということにして、これをαであらわします。
1年目の期末の純収益はα1、で2年目の期末収益はα2で、i年目の期末の純収益はαi、n年目の期末の純収益はαnということにします。
突然ですが、1 /(1+r)i は複利現価率といわれるものです。
rは割引利率です。(この不動産投資の)期待利回りともいいます。この式はi年後の期末に得られる1円の現在価値をあらわしています。
例えば5年後の期末に得られる100万円の現在価値は
100万円 × 1/(1+r)5となります。仮にr(割引利率)を5%にしますと
100万円× 1/ (1+0.05)5 = 100万円×0.7835≒78万円になります。
下の式は各年の期末の純収益の現在価値を合計したものですが、これはこの建物の理論価格をあらわしています。
P= α1×1/(1+r)1+ α2 × 1/(1+r)2 +・・・+αn ×1/ (1+r)n
ところで、この式は建物の理論価格をあらわすだけのものではありません。資産の理論価格全般をあらわしています。αを配当と考えれば株式の理論価格になります。
αを土地から得られる純収益と考えれば土地の理論価格になります。ただ、土地の場合は建物のように朽廃することはありませんから、その場合、nは無限大(∞)になります。
また、土地と建物(複合不動産)の場合は、上記建物と土地の組み合わせとなり、やや複雑なかたちになります。収益が続く期間を土地に合わせて無限大とする場合は、n+1年後以降も継続して収益を得るために、n+1年後までに新築建物の再調達費用を上記費用とは別途に確保する必要があります。つまり新築建物の減価償却費が必要になります。
従ってこの方式は「中古建物とその敷地」には適用できなくなります。
また、収益が続く期間を建物に合わせて有限とするにはn年後の土地の復帰価格をどう査定(予測)するかの問題があります。
いろいろ書きましたが、いずれにしても収益還元法は将来の想定(予測)純収益を現在価値に置き直す作業でしかなく、そこで算出される価格は(具体的な)人間の頭の中にのみ存在する理論価格で、人間の頭の外に存在するものではありません。
人間の頭の外に公正なる、真実なる、あるいは万人が納得する収益還元法があらかじめ存在しているわけではないのです。
収益還元法による収益価格は、現実の市場における不動産の交換価値(市場価格)ではありません。
不動産の鑑定評価理論では収益還元法は鑑定評価額を求めるための一手法になっていますが、それでは鑑定評価理論では、収益価格(理論価格)がどこで、どのような理由で交換価値(市場価格)に昇華(転化)するといっているのでしょうか。
結論からいえば、このことに関する説明は特にありません。鑑定評価理論では「三方式で求めた価格は理論的には一致する」ことが自明のことと考えられているからです。
例えば日経文庫「不動産評価の知識」(武田公夫)130頁には次のように記述があります。
「各方式の適用によって求められた試算価格または試算賃料は、理論的には一致するはすですが、資料の不足などにより各価格に開差が生ずるのが普通です。」
このように「理論的には一致する」ことになっています。現実には、一致しないことがほとんどですが、それは「資料の不足など 」のように、収益還元法を適用する側(鑑定士)にその原因があるので、その場合は鑑定評価作業の最後の段階で、「各試算価格を調整して鑑定評価額を決定」しなさいと、いうことになっているのです。
ここ少し興味深い話を紹介したいと思います。日本不動産研究所の元専務理事・鑑定部長の故高橋敏氏が「日本不動産研究所50年史」の50周年記念対談で語られていることです。
少し長くなりますが、我が国の不動産鑑定評価制度の黎明期のことが語られていますのでそのまま引用させていただきます。
『そのときに基準でどうしても気になっていたことがあるんです。鑑定評価基準は櫛田理論の基本的考察が基礎になっている。
しかもそれを積み上げて理論化したのが門脇さん、それから実務を知っていて参加したのが嶋田さん。
こういう方々が基本をつくられたのだけれども、残念ながら櫛田さんと門脇さんは実務を知らない方で、頭で考えてそこまで作り上げた。
それは理論的には実にすばらしい。だけど実際に第一線で評価していると、一番ひっかかりが出たのは、3方式を使って出てきた試算価格が必ず一致するという考え方が本当に正しいのだろうかということ。
どうも実際にやっていると、どんなに努力してもなかなか一致することはない。私が仙台に入所したときも、当時は地価上昇期だから、どうしても比準価格中心にものを考えていた。地価公示も3方式を使うことにはなっているけれども、比準価格を中心にやってもいいよというのが当時の考え方だった。
だけど私は櫛田さんが3方式は理論的には一致すると言っているのだから、本当に一致するのかどうか実験しようと思った。当時の仙台支所は、誰も収益価格はやらない。
審査部長だった野間口さんも、収益価格なんかあてにならないということを口に出していたくらいだし、実際に地価がどんどん上がっているから比準価格でやらないと笑われてしまうような数字が出るから、当時は比準価格が中心だった。
それが一つの問題だと私は思ったわけね。収益価格をやってみる、複成現価(原価法による積算価格)もやる。求められた試算価格は絶対に合わない。どんなに努力したって合わない。
それでも必ず収益価格はやりました。一番記憶に残っているのは、山形県の上山競馬場の評価。収益価格を出しちゃったんです。今考えると恥ずかしいぐらいのお粗末な収益価格だけれども、その利回りはどうやって正確なものをつかむのか。
そのときすぐ気がつくのは、利回りをちょっと、0.5%ぐらい変えても結論がこんなに動くのでは、野間口さんがあてにならないといっていたとおりだな。
利回りを動かせば確かに合うんです。その動かした理由を、今のGNPの上昇率は5%から7%だ。だから危険負担を考えて、ここまで下げても大丈夫だという理屈をつけちゃった。
だけどそれはやっぱり無理なんです。だからこれは一致しないということを前提にむしろ考えたほうがいいんじゃないか、そう考えるようになったんです。』
「三方式で求めた価格は理論的には一致する」ということが鑑定評価理論では何故自明のこととなったのか、私はこの高橋敏氏の話で少しわかったような気がします。
我が国の鑑定評価制度の黎明期では、伝統的経済学のパラダイムでのワルラス的な均衡価格が鑑定評価で求めるべき「正常価格」である、と真面目に考えられていたのではないか?、少なくとも櫛田さんはそう考えられていて、当時の正常価格はそのような均衡価格としてイメージされていたのではないか?、ということです。
この「理想」が現在の鑑定評価理論にも多少かたちを変えて引き継がれているのではないか、そのように思います。
平成15年1月の「基準」の改正で「正常価格」の定義が書き換えら、(正常価格の解釈としては)黎明期の「理想」からはだいぶ離れたように思いますが、完全に離れたわけではなく、それは「合理的と考えられる条件を満たす市場」という言葉に象徴されて残っているのではないか、そのように考えられます。
現実の不動産市場は伝統的経済学のパラダイムとは違います。現実の不動産市場では「情報は不完全」です。投機的な思惑ももちろん存在し、それを市場から切り離すこともできません。金融理論でいう「裁定」も勿論はたらきません。
「三方式で求めた価格は理論的には一致する」ということを認める理由は特に見あたらないのです。
「不動産の価格」の問題は「価値論・価格論」に属する分野です。私は我が国の経済学者が不動産鑑定評価理論をどのように見ているのかは知りませんが、そのよってたつ根拠を、科学的、論理的に突き詰めていけば、現在の「不動産鑑定評価理論」は保たないと思っています。
私は、「不動産鑑定評価」がくだらないとか、意味がないとかいっているのではありません。むしろ逆で「制度としての不動産鑑定評価」は必要なものだとだと思っています。ただ、鑑定評価理論の論理性、科学性を突き詰めていけば、不確実性という霧の中に迷い込んでしまうと思っています。
「制度としての不動産鑑定評価」にはそこまでの論理的厳密性は必要ないのではとも思っています。所詮は人間世界の問題ですから、「相対的真実」であればそれでいいのではとも思っています。少ししゃべり過ぎました。
話をもとにもどします。
収益還元法による理論価格が、鑑定評価で求めるべき交換価値・市場価格でないとすれば鑑定評価での収益還元法の役割とは何でしょうか?収益還元法には出番はないのでしょうか?
私はそんなことはないと思っています。現実の制度としての不動産鑑定評価では有用だと思っています。
不動産の鑑定評価の対象となる不動産にはいろんなものがあります。
例えば、住宅地の更地の場合ですが、住宅地では多くの場合、現実の市場における交換価値・市場価格が実際に目に見えるかたちで存在しています。
我々不動産鑑定士や宅建業者であれば、取引価格をある程度把握しています。一般の方であっても、近くの宅建業者を訪問して「このへんの相場はどのくらいですか?」と尋ねれば、たとえば「坪20万円ぐらい」という答えが返ってくると思います。また、インターネットで売物件情報などを調べれば大凡の傾向がわかると思います。
このように実際の交換価値・市場価格がある程度目に見えるかたちでわかっている場合には、収益還元法を採用することは全く意味がありません。
具体的なある場所の交換価値・市場価格を知りたい(あるいは証明して欲しい)と思って鑑定評価を依頼している人に、「現実の市場での交換価値・市場価格は坪20万円ですが、アパートの建築を想定して収益価格(理論価格)を計算してみたら坪15万円になります」と言ったとしても「それがどうした」と言われるのがオチだと思います。その人が欲してもいない情報を付け足したにすぎません。
ところが、都心にある大規模なテナントビルを評価する場合はどうでしょうか。
仮に、このビルのオウナーがAさんで、価格によっては買ってもいいと考えている人がBさんとします。このAさん、Bさんが共同で某鑑定事務所に鑑定評価を依頼したとします。このビルの交換価値・市場価値はまったく(あるいはほとんど)見えません。
同じようなビルの取引事例はめったにあるものではありませし、幸運にして仮に1件あったとしても、その価格がそのビルの交換価値・市場価値であるという保証はどこにもありません。
勿論宅建業者にこのビルの相場(?)はどのくらいですかと訊くわけにもいきません。「おまえの仕事だろう」ぐらいは言われると思います。
この場合の収益還元法はどうでしょうか?収益還元法による収益価格を提示して、鑑定評価額は50億円ですといった場合はどうでしょうか?。
この収益価格が交換価値・市場価値である保証はどこにもありませんが、この収益還元法に論理性があれば、何も見えていない現状ではとても有用ではないでしょうか?
勿論Aさん、Bさん双方が納得すれば鑑定士としては一番うれしいことですが、仮に双方が納得しなくとも、あるいはどちらかが納得しなくとも、論理性が一貫していればそれでOKではないでしょうか。
仮に双方が納得して売買が成立すれば、この売買によって50億円がこのビルの交換価値(市場価値)のひとつの見本値になるのです。収益還元法は有用です。私は収益還元法とはこのようなものだと理解しています。
仙台市泉区 加茂神社の「いろは紅葉」です。

